松井一郎氏、参政党・神谷代表の維新批判めぐる橋下氏の反論に補足「ここは橋下さんの事実誤認」

via 松井一郎氏公式Xより引用
元大阪府知事で元大阪市長の松井一郎氏が10日、自身のX(旧ツイッター)を更新。参政党の神谷宗幣氏が街頭演説で語った日本維新の会と神谷氏との確執を巡り、事実関係について反論をした。

発端となったのは、神谷氏が街頭演説で日本維新の会の成り立ちや政策を批判する動画がX上で拡散されたことだった。

神谷氏は演説で、「維新は昔からおかしい!また言いましょうか、維新の歴史。維新っていうのはね、2010年に橋下さんたちが作ろうとしたんですよ」と切り出した。

そのうえで、「橋下さんがね、自民党と公明党に推されて知事になった。で、支援してたのは結構、開発会社とかね、建築関係の人たちが応援してましたよ。そういった中で、多分業界からの要請もあったんでしょう、府庁の移転をやりたいと言い出したわけですよ」などと主張した。

そして、維新の原点について、「元々は『府庁の移転をしたい』から始まったわけですよ。いいですか皆さん?覚えてください、これ歴史の教科書に載りますからね。府庁の移転をしたいから、そのためにできたストーリーが『ワン大阪』であり『都構想』なんですよね。そっちが先なんですよ」と持論を展開した。

また、神谷氏は、当時吹田市議会議員だった自身が2010年2月18日に大阪府庁を訪れ、橋下氏に対して地域政党ではなく国政政党を作って国ごと変えるべきだと進言したものの、「そんなやる気はない」「国政政党なんか考えてない」と一蹴されたというエピソードを紹介。

そのうえで、「『結局、府庁の移転がしたいだけか。そういう地域の大阪の利権の取り合いをしたいだけか、自民党と。それじゃあ一緒にやってらんねえな』と思ったんで、『入らない』って言ったんですよ」と当時を振り返った。

「そしたらその後、当時橋下さんと作ってた会の名前が『大阪教育維新の会』っていう名前だったから、その名前を『使わせろ』って松井さんから電話がかかってきた。 『嫌だ』って言ったら、『潰すぞ』って言われたから、『やれるもんならやってみてください』って言ったら、潰されたんですよ。それが2010年ね。 以来16年、覚えてますよ。 松井さん『覚えてない』って言ったけどね。 まぁ電話ですから覚えてないでしょうね。でもその時以来ですね、私はずっと、一度も維新を認めていない」と続け、確執の深さを明かした。

この動画を引用した橋下氏は、「大嘘つき。維新から放り出された恨みつらみを叫んでいるだけ」と投稿。神谷氏の主張を一蹴した。

こうした中、松井氏は橋下氏の投稿を引用したうえで、「ここは橋下さんの事実誤認、僕はこの神谷さんを放り出した事は無い、そもそも会った事が無い」とつづった。

この松井氏の投稿に対し、橋下氏は「そうですか。維新を創設できなかった恨みつらみに変更します」と応じている。