元天才子役で俳優・演出家の黒田勇樹が、ABEMAの密着型ドキュメンタリー『NO MAKE』に登場。華々しい子役時代から一転、仕事の激減や借金、アルコール依存症などを経験した過去と、子役への演技指導や飲食店でのアルバイトを掛け持ちする現在の生活を明かした。
黒田は5歳の時にNHK大河ドラマ『武田信玄』で子役デビュー。12歳で出演したドラマ『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』で注目を集め、17歳の時には山田洋次監督の映画『学校III』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。“絶世の美少年”として一世を風靡した。
しかし、その後は役者としての仕事が激減。黒田によると、日本アカデミー賞の受賞によって役者としての「格」が上がり、出演料が高額に設定されたことでオファーが減っていったという。
一時は芸能界から身を引き、引っ越しのアルバイトで月35万円ほどを稼いでいたものの、遊びに没頭したことで借金は300万円に。世間からの注目が薄れていく中で孤独を感じ、酒に溺れる日々を送り、病院でアルコール依存症と指摘された過去も告白した。
現在は家賃5万円弱のアパートで暮らしながら、子役向けの演技指導教室で講師を務めるほか、バーなどの飲食店でのアルバイトを掛け持ち。トータルで月収約25万円の生活を送っているという。
子役の指導には強い情熱を持っており、「俺が30歳になって自分で気が付いたことを5歳とか10歳に教えたら、10年後、20年後にめっちゃ面白い俳優が生まれるんじゃないか」と語った。
さらに、「俺もすごい偉い人たちに教わったから…その50年ぐらいの歴史をもらった俺が10歳にそれを渡せば、こいつらがすごい面白いやつになる可能性がある。それをワクワクしながら教えている」と、次世代の俳優を育てることへの思いを明かした。
黒田は5歳の時にNHK大河ドラマ『武田信玄』で子役デビュー。12歳で出演したドラマ『人間・失格~たとえばぼくが死んだら』で注目を集め、17歳の時には山田洋次監督の映画『学校III』で日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞。“絶世の美少年”として一世を風靡した。
しかし、その後は役者としての仕事が激減。黒田によると、日本アカデミー賞の受賞によって役者としての「格」が上がり、出演料が高額に設定されたことでオファーが減っていったという。
一時は芸能界から身を引き、引っ越しのアルバイトで月35万円ほどを稼いでいたものの、遊びに没頭したことで借金は300万円に。世間からの注目が薄れていく中で孤独を感じ、酒に溺れる日々を送り、病院でアルコール依存症と指摘された過去も告白した。
現在は家賃5万円弱のアパートで暮らしながら、子役向けの演技指導教室で講師を務めるほか、バーなどの飲食店でのアルバイトを掛け持ち。トータルで月収約25万円の生活を送っているという。
子役の指導には強い情熱を持っており、「俺が30歳になって自分で気が付いたことを5歳とか10歳に教えたら、10年後、20年後にめっちゃ面白い俳優が生まれるんじゃないか」と語った。
さらに、「俺もすごい偉い人たちに教わったから…その50年ぐらいの歴史をもらった俺が10歳にそれを渡せば、こいつらがすごい面白いやつになる可能性がある。それをワクワクしながら教えている」と、次世代の俳優を育てることへの思いを明かした。
■会えない5歳息子への思い 「パパは君のことが大好きです。手放したわけではありません」
また、プライベートでは2度の結婚と離婚を経験。自身が母子家庭で育ったことから「シングルマザーを作りたくない」と考え、相手女性の妊娠を機に2度目の結婚を決意したという。
父親になった当時については、「お父さんという生き物と暮らしたことがなかったから、頑張って自分の想像上のお父さんになろうとした」と回顧。続けて、「みんなから言ったらユニコーンみたいなこと、俺の中のお父さんって」と振り返った。
現在、親権は相手方にあり、5歳になる息子とは会えていないという。番組スタッフから、数年後に成長した息子が今回の密着映像を見るかもしれないと伝えられると、黒田はカメラを見つめ、息子に向けてメッセージを送った。
「パパは君のことが大好きです。手放したわけではありません。お母さんたちと一緒にいた方が幸せだと思って、自分が離れる選択をしました」と語りかけ、さらに「この意味はとっても難しいから、30歳になったら酒飲みながら話しましょう。元気に頑張ってください」と、離れて暮らす我が子への思いを口にしていた。
父親になった当時については、「お父さんという生き物と暮らしたことがなかったから、頑張って自分の想像上のお父さんになろうとした」と回顧。続けて、「みんなから言ったらユニコーンみたいなこと、俺の中のお父さんって」と振り返った。
現在、親権は相手方にあり、5歳になる息子とは会えていないという。番組スタッフから、数年後に成長した息子が今回の密着映像を見るかもしれないと伝えられると、黒田はカメラを見つめ、息子に向けてメッセージを送った。
「パパは君のことが大好きです。手放したわけではありません。お母さんたちと一緒にいた方が幸せだと思って、自分が離れる選択をしました」と語りかけ、さらに「この意味はとっても難しいから、30歳になったら酒飲みながら話しましょう。元気に頑張ってください」と、離れて暮らす我が子への思いを口にしていた。



