(C)AbemaTV, Inc. (29334)

via (C)AbemaTV, Inc.
「ABEMA(アベマ)」は、「ABEMA NEWSチャンネル」にて放送中のニュース番組『ABEMAエンタメ』の新企画「Re:MAKE 〜拝啓、あの頃の君へ〜」を開始した。

同企画は、出演者が人生のターニングポイントとなった過去の写真と向き合い、“あの頃の自分”へ言葉を贈るセルフドキュメント形式の番組である。第1弾には、元フィギュアスケーターの高橋成美が出演し、幼少期から引退後に至るまでの歩みを赤裸々に語った。

■9歳で描いた夢と12歳で初めての挫折「浅田真央ちゃんと戦っても絶対勝てない」

高橋は3歳でフィギュアスケートを始め、9歳で国際大会に出場するなど早くから将来を期待されていた。しかし12歳の頃、同世代のトップ選手である浅田真央の演技を目の当たりにし、「将来、浅田真央ちゃんと一緒に戦っても絶対に勝てない」と初めての挫折を経験したと振り返る。

それでも「スケートが大好きで、一生続けたい」と競技への情熱は揺るがず、父親の転勤で移住した中国でペア競技へと進むことになる。中国人選手との異例のペアで結果を残すも、「国としては教えられない」「国籍を変えないとライバルを育てることになる」と告げられ、「国籍って何なんだろう」「昨日まで仲良かったみんなが無視するんだろう」と、孤独を感じた当時の心境を涙ながらに語った。

■「木原龍一じゃなかったら勝てたかもしれない」、元パートナーがライバルに…五輪落選の本音

(C)AbemaTV, Inc. (29330)

via (C)AbemaTV, Inc.
その後、カナダでマーヴィン・トランとペアを結成し、世界選手権で銅メダルを獲得。しかしさらなる高みを目指していた矢先、練習中にリフトから転落し、左肩関節の脱臼や右膝の損傷という大きな怪我を負う。「あの瞬間さえなければ…あの日、練習にさえ行かなければ…」と何度も自問し、「もうメダルも取ったし満足かな」「これ以上上達できないなら、申し訳ない」と、一度は競技から離れる決断をしたという。

そんな中、日本スケート連盟からの打診を受け、新たにペアを組んだのが“りくりゅう”ペアの木原龍一であった。高橋は「救世主が木原龍一」と振り返り、「龍一とはジュニアの時から結構気が合った」と回顧。「周りに『ペアっぽいことやってみなよ。身長差もちょうど良いじゃん』と言われて、ふざけてやった時。『龍一めっちゃペア上手くない?すごいしっくりくるんだけど』と冗談混じりに言った言葉。あれは本当に心からの言葉」と、当時のエピソードも明かした。

木原とのペアでソチ五輪出場という夢を叶えるも、その後ペアを解消。迎えた平昌五輪の代表争いでは元パートナーと直接対決することとなり、「なんで龍一なの?」「龍一じゃなかったら勝てたかもしれないのに」「なんで、よりによって龍一が前に立ってるんだろう…そんな気持ちも湧きました」と率直な思いを吐露した。

選考に敗れた後は「消えてしまいたいような虚無感に襲われた」と語り、引退を決意した心境を明かした。

■「やっぱり悔しいな」記録を塗り替えられた本音と葛藤 “りくりゅう”への思いと現在

引退後は解説者としてフィギュア界に関わる高橋。自身が打ち立てた世界選手権の記録を、元パートナーを含む“りくりゅう”ペアが更新した際には、「一生懸命解説してたけど…やっぱり悔しいなって」と複雑な胸中を明かした。「龍一じゃなかったら正直もっと喜べたのに」と葛藤しながらも、「そんな自分も嫌だな」と感じていたといい、その思いを乗り越えさせたのも“りくりゅう”の演技だったという。

「“りくりゅうペア”はすごく、当時の自分の憧れのスケートをしていて。そこに単純に感動している自分がいて、気がついたら、元パートナーとか自分の実績とか、そういうのを通り越して、一緒に応援していこうっていう気持ちになっていた」

現在はタレント活動や解説に加え、JOC(日本オリンピック委員会)の最年少理事としても活動。「これも、これまでのみんな(過去の自分)のおかげ」と振り返り、未来の自分へ「今やっていることを全部怠けずに一生懸命やり尽くしてください」とメッセージを送った。

関連する記事

ライター