タレントの武井壮が、ABEMAのニュース番組『ABEMAエンタメ』の独自企画「Re 〜拝啓、あの頃の君へ〜」に出演。9歳から兄と2人で暮らした幼少期や、24歳で亡くなった兄への思いなど、自身の半生を振り返った。
同企画は、出演者が人生のターニングポイントとなった過去の写真と向き合い、当時の自分へ言葉を贈るセルフドキュメント企画。武井は、厳しい生活を送った少年時代から、スポーツと芸能の世界で挑戦を続ける現在までの歩みを語った。
同企画は、出演者が人生のターニングポイントとなった過去の写真と向き合い、当時の自分へ言葉を贈るセルフドキュメント企画。武井は、厳しい生活を送った少年時代から、スポーツと芸能の世界で挑戦を続ける現在までの歩みを語った。
9歳で兄と2人暮らし 小学生で月7万5000円稼いだ驚きの方法
東京・葛飾区で生まれ育った武井は、父親が美容室を3店舗経営していたことから、幼少期は裕福な生活を送っていたという。しかし、父親の事業不振や両親の離婚によって生活が一変。大好きだった母親が家を出た後は、「『母親が帰ってこないかな』とか思いながら、ずっと眺めている時間があった」と、窓の外を見つめていた日々を振り返った。
その後、父親も家に帰らなくなり、9歳の頃から2歳年上の兄・情さんと2人で暮らすようになったという。当時は「もう毎月半分くらいは電気・ガス・水道が止まっていることもあった」というほど、厳しい生活を送っていた。
そんな中、武井は小学生ながら自ら仕事を考案。近所の家のゴミ出しを請け負い、「『毎日それをやるので月に500円をください』ということを、1番多いときで150軒くらいやっていて、7万5千円くらい貰って、それがほぼ生活費になっていた」と明かした。
当時について「ここからは自分の力で社会をやっていかなきゃいけないと思った瞬間でしたね」と振り返った武井。そんな幼少期の自分に対し、「いまだに僕は彼(過去の自分)を尊敬しているし、感謝している」と語り、「きっといつかすごい男になるから、安心して今できることを一生懸命頑張れよ」とエールを送った。
その後、父親も家に帰らなくなり、9歳の頃から2歳年上の兄・情さんと2人で暮らすようになったという。当時は「もう毎月半分くらいは電気・ガス・水道が止まっていることもあった」というほど、厳しい生活を送っていた。
そんな中、武井は小学生ながら自ら仕事を考案。近所の家のゴミ出しを請け負い、「『毎日それをやるので月に500円をください』ということを、1番多いときで150軒くらいやっていて、7万5千円くらい貰って、それがほぼ生活費になっていた」と明かした。
当時について「ここからは自分の力で社会をやっていかなきゃいけないと思った瞬間でしたね」と振り返った武井。そんな幼少期の自分に対し、「いまだに僕は彼(過去の自分)を尊敬しているし、感謝している」と語り、「きっといつかすごい男になるから、安心して今できることを一生懸命頑張れよ」とエールを送った。
芸能界を目指した兄との確執 24歳で亡くなった兄への思い
兄と支え合いながら生活し、学業とスポーツに打ち込んでいた武井だったが、兄が15歳の頃に「芸能人になる」と言い出したことで、兄弟の関係に変化が生じたという。
武井は「何を言ってんだ」「夢みたいなことを言って、芸能人になるってそんなのできるわけないだろ」と兄の夢を否定していた当時を振り返り、「自分への焦りをぶつけていた感じかもしれない」と語った。
しかし、その後、兄が舞台やドラマなどに出演するようになると、次第に関係も変化。「小さかった頃、大好きだったお兄ちゃんがもう1回戻ってきたような気になって、うれしかった」と明かした。
そんな中、大学で十種競技に打ち込んでいた武井は、兄が末期がんを患ったことを知り、病院へ駆けつけたという。
闘病中の兄と映画『メジャーリーグ2』を観た際には、「(兄が)今まで見たことないくらい楽しそうに笑っていた」と回顧。鑑賞後には兄が「『俺、病気治ったらまたお芝居頑張るわ』」と語り、その姿が忘れられないという。
その後、兄は24歳で他界。武井は「そこからの人生は自分だけの人生では確実になくなった」と語り、「自分の大好きなスポーツと、兄貴が愛していたエンターテインメントを2つ重ねて、その上で現実味のある人生を作っていこう」と決意したことを明かした。
さらに、「50代になったら、兄貴がやりたかったお芝居を俺が代わりにやってやろう」と、兄への思いを胸に新たな人生の目標を掲げたという。
武井は「何を言ってんだ」「夢みたいなことを言って、芸能人になるってそんなのできるわけないだろ」と兄の夢を否定していた当時を振り返り、「自分への焦りをぶつけていた感じかもしれない」と語った。
しかし、その後、兄が舞台やドラマなどに出演するようになると、次第に関係も変化。「小さかった頃、大好きだったお兄ちゃんがもう1回戻ってきたような気になって、うれしかった」と明かした。
そんな中、大学で十種競技に打ち込んでいた武井は、兄が末期がんを患ったことを知り、病院へ駆けつけたという。
闘病中の兄と映画『メジャーリーグ2』を観た際には、「(兄が)今まで見たことないくらい楽しそうに笑っていた」と回顧。鑑賞後には兄が「『俺、病気治ったらまたお芝居頑張るわ』」と語り、その姿が忘れられないという。
その後、兄は24歳で他界。武井は「そこからの人生は自分だけの人生では確実になくなった」と語り、「自分の大好きなスポーツと、兄貴が愛していたエンターテインメントを2つ重ねて、その上で現実味のある人生を作っていこう」と決意したことを明かした。
さらに、「50代になったら、兄貴がやりたかったお芝居を俺が代わりにやってやろう」と、兄への思いを胸に新たな人生の目標を掲げたという。
53歳の今語る人生の原動力 亡き兄へ「最高に幸せです」
兄への思いを胸に、スポーツとエンターテインメントの世界で挑戦を続けてきた武井は、約8年間の下積みを経て39歳で芸能界デビューを果たした。
現在53歳となった武井は、兄との別れについて「兄貴がきっと生きたかった時間というのが、もうひとつ、しっかり2倍以上になって自分の中には残っている」と語った。
続けて、「この歳まで本当に1日もサボらずに進んでこられたのは、ひとえにあの頃を真っ直ぐ生きていた兄貴の姿だったり、兄貴が手に入らなかった時間だったりとか、そういうものに大きく支えられて今があります」と、挑戦を続ける原動力を明かした。
また、「俺1人じゃ思いつかなかった人生」「兄貴がいなくなって初めて、こんなふうに生きたいって心の底から思った人生を、いまだに最高の形で送れている」と、現在の充実した日々についても言及。
最後に、亡き兄に向けて「『あの頃ごめんな』と伝えたいのと、わかってあげられなくてごめん。そういう力を与えてくれて本当にありがとう。最高に幸せです」と、感謝の思いを伝えた。
なお、番組では、武井が50代から挑戦している海外での俳優活動や、日本から世界的なヒーローを生み出したいという今後の夢についても語っている。
現在53歳となった武井は、兄との別れについて「兄貴がきっと生きたかった時間というのが、もうひとつ、しっかり2倍以上になって自分の中には残っている」と語った。
続けて、「この歳まで本当に1日もサボらずに進んでこられたのは、ひとえにあの頃を真っ直ぐ生きていた兄貴の姿だったり、兄貴が手に入らなかった時間だったりとか、そういうものに大きく支えられて今があります」と、挑戦を続ける原動力を明かした。
また、「俺1人じゃ思いつかなかった人生」「兄貴がいなくなって初めて、こんなふうに生きたいって心の底から思った人生を、いまだに最高の形で送れている」と、現在の充実した日々についても言及。
最後に、亡き兄に向けて「『あの頃ごめんな』と伝えたいのと、わかってあげられなくてごめん。そういう力を与えてくれて本当にありがとう。最高に幸せです」と、感謝の思いを伝えた。
なお、番組では、武井が50代から挑戦している海外での俳優活動や、日本から世界的なヒーローを生み出したいという今後の夢についても語っている。

